ミシュランの味を体験できる宿 〜新 海花亭いずみ〜
まさか西伊豆でこんな宿に出会えるとは。
西伊豆でもう1泊しようと、スマホ片手にインターネット検索を始めた私の目に飛び込んできたのは、こんな文言でした。
“ミシュラン料理人の会席”
“料理口コミ4.8”
せっかく泊まるなら、料理の美味しい宿がいい。
断然、量より質。美味しいものをちょっとだけというのが、最近の気分。
この宿の「料理少なめプラン」はそんな私の希望にちょうど合致していました。
宿名に「新」とついているから、一度経営が破綻して、どこかの会社に引き継がれ、料理も刷新したのだろうと思うけれど、「ミシュラン料理人の会席」が本当に素晴らしいのかどうなのか半信半疑のまま予約し、宿に向かったのでした。
ところで、この宿を検索すると出てくるキーワードの一つに「週末若女将」というのがあります。ちょっと不思議に思いましたが、この宿は、東京に本社を持つ会社が運営しているからのようで、週末だけ本社の女性が若女将としてやってくるようです。泊まった日は平日だったので、この若女将にはお会いできませんでしたが……。
海を望む露天風呂付き!
平日で、料理が少なめのプランで1室2名利用一人15,000円弱。
そんな金額だから「外してもいいか……」と軽い気持ちで予約してみたのですが、今年訪れた中でも、3本の指に入るほどのインパクトを与えてくれる料理でした。
通された客室は、半露天風呂付きのモダン和室。
土肥港のすぐ目の前。駿河湾に面したお部屋から海の景色が眺められます。
客室の露天風呂は源泉かけ流しで、泉質は弱アルカリ性のカルシウム・ナトリウム-硫酸塩・塩化物泉。温度はそのままだと高いので、加水をして温度調節して入ります。
海の目の前ではありますが、幹線道路沿いで向こうから見えてしまう場所でもあるため、窓はマジックミラーのようになっていて、外からは見えません。
開放的ではありませんが、海の空気は感じることができました。
客室は古い躯体を修繕していて最低限の快適性をうまく保ってはいますが、スリッパが古かったり、ベッドフレームは昔のものを使っているので傷ついていたり、水回りなども古い宿だったことを物語ってはいます。
粗探しをしようと思えばいくつも出てはきますが、今回の宿泊料金で露天風呂付きということを考えると、むしろかなりお得でしょう。
何よりも料理が出てきた瞬間に、建物のことなんて全て吹っ飛ぶほどの衝撃を受けることになりました。
ミシュラン料理人の実力
料理は期待通り。いいえ、期待をはるかに上回るものでした。
まず前菜の美しい色合いに目が奪われました。
真ん中のオレンジ色はいくらのように見えますが、いくらより小粒。鱒の卵でレインボーキャビアというそうです。まるで宝石のよう。鱒と叩き蓮根、昆布醤油で親子漬けになっていて、柚子胡椒がピリリと利いています。
メヒカリの白醤油焼きは煎り唐墨でデコレートされていて、今まで食べたことのあるメヒカリのイメージとはかなり別物でした。
塩麹で味付けされた地鶏は西浦みかんの飾りと一緒に串刺しにされ、
地元産のチーズには枝豆や人参、菊花が美しく練りこまれています。
栗はコーヒーで炊かれ、お豆の器には酒煎り銀杏、加州、赤酒干巨峰などアートなお豆たちが可愛らしくのっています。
次に出てきた温小鉢の茶碗蒸しは鱧浮袋や天白椎茸の旨味が凝縮してそれだけで満足しますが、さらに富士湧水で育った豚の脂で炒めたおからがのっていてひと手間かかっています。
お造りは、ご覧の通りの美しさ。駿河湾から届いたホウボウや湯引きした金目鯛、アオリイカ、太刀魚、車海老、鯖の焼き霜、皮で作った煮こごりが豪勢な盛り付けで感動ものでした。
揚げ物は、「金目鯛かま新引き揚げ」。
徳川家康が好んだ、「一富士、二鷹、三茄子」のなす、折戸茄子の上に新挽粉をつけた金目鯛のかまがのり、秋らしい雰囲気に。下に引かれた松の枝のようなものは何と、茶そうめんを揚げたもの。ぽりぽりとした食感が面白く、きれいに平らげてしまいました。
鍋物は黒ムツと桜海老、修善寺の生湯葉。
さらに、白キクラゲや白舞茸、生ナメコなどきのこ類がいろいろ。
白菜も静岡産ですし、味噌も伊豆味噌。地産の食材のいいものを、とことん集めて、「どうだ」と出してくれます。
本日の炊き込みご飯は、干ししらすと刻みタコ。
土鍋で炊かれた出来立てご飯のおいしいこと!!
量少なめのコースを選んだにも関わらず、質・量ともに十分満足です。
そして、スイーツは、自家製安納芋プリン。
和食のスイーツは、地味なものが多いですが、さすがの出来栄えです。
プリンがブランデー漬けされた丸十(サツマイモ)、カラメルソース、抹茶でデコレートされていて、美しいの一言!!
ちなみに、この宿自体がミシュランガイドに掲載されているわけではなく、東京・銀座でミシュランひとつ星を4年獲得した経歴を持つ石井健康氏が料理長である宿です。
やはり和食修行をした料理人、しかも銀座で勝負していた料理人の腕はすごいのだという事実を見せつけられた料理の数々でした。
ちなみに、朝食でも平飼い卵の生卵や、だし巻き玉子が出てきて、こんな料金でこんな食材をいただいてもいいのだろうか? と思うメニュー構成でした。食材原価が合っているのかどうかは置いておいて、旅人にはかなり嬉しい美食の宿であることは間違いありません。
確実に「また行きたい宿」にインプットされた、偶然の訪問でした。
新 海花亭いずみ
- 静岡県伊豆市土肥2914-6
- 全26室
- IN 15時/OUT 10時
- 1泊2食 15,650円(1室2名利用時、消費税・入湯税込)〜
- 日帰り入浴 不可
写真と文・野添ちかこ(温泉と宿のライター/旅行作家)